「勉強したくないので
卯刻のことを考えている」ような気がしてならない昨今。
実際、どうなんですかね。まあいっか。
だいぶ以前なんですけど、今年6月に
笑芽・卯刻・
井達と、10年後の互い宛に手紙を書きました。
その手紙をずっと放置してたんですけど、ようやくきちんと封筒に入れることにしまして。
添状と写真も同封しました。
添状は10年後のそれぞれへのメッセージ。
手紙に書いた内容と被る部分もあるけど気にしなかった。
卯刻のメッセージに「10年前の私は君のことが大好きだ。しかし10年後の私は違うだろう」と書いた。
本当は以下の様なメッセージを書きたかった。
10年前の私の複雑な気持ち、今のあなたになら伝えてもいいでしょう。当時の私はあなたを心底愛していました。しかし、体の関係しか持てず、親しい友人達にも秘密であるこの関係に嫌気が刺していたのも事実です。
あなたと関係を持ってから何度もあなたを絶つことを決心しましたが、あなたに会うたびその決心は粉々に砕け散りました。あなたに拒否されても引かなかったのは私なのに、私は『どうしてもっと強く拒否してくれなかったのだ』とあなたを憎む始末。あなたはきちんと拒否してくれていたのに、罪を犯させたのは私なのに、責任転嫁甚だしい。
しかし、そのことに自己嫌悪する自分と、私は戦っていたのです。あなたを愛してしまった自分、あなたを離れられない弱い自分と、私は戦っていたのです。でも、いつだって負けっぱなしの私でした。
今(あなたからすれば10年前)から何年後にあなたと決別できるのでしょうか。卒業すれば、物理的距離が広まりますから、自然と関係もなかったようになるのですかね。想像すると寂しいものです。
私は、ある程度の期間は関係が続いていればいいと思っています。あなたが結婚したいと思える相手、あなたが一番に愛する人と巡りあえるまでは、関係を続けていたいと思うのです。実際そうするかもしれませんね。
まさか、結婚後も関係を続けている……なんてことはありませんよね? そんなことになったら、笑えません。もしそうなっていたら、どうか目を覚ましてくださいね。あなたにとって一番大事な人は誰か、きちんと考えてください。なんて、私から言われるなんて不本意ですよね。
10年前、あなたは何を思って私と関係を持っていたのでしょう。少しは、好きでいてくれたかな。今も、少しは好きでいてくれているかな。
また今度、10年後の私と会いましょう。この手紙を見せて、笑ってあげてください。では。
以上のようなことを書いたら、未来の卯刻どんな反応をするんだろう。
その手紙を見せられた私は、苦笑いするんじゃないかな。
「好き」と書いたことも、十分に恥ずかしいことだけど、上記のような内容だったら、さらに恥ずかしいだろうな。
人に、しかも10年後の人に宛てる内容じゃあない。
10年後が楽しみだ。
さて、10年後、このブログはまだ存在しているのか。
わからないけど、もし存在していたら、多分この手紙についてなにか書くんじゃないかと思います。
10年後、お楽しみに。
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